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秋田地方裁判所 昭和36年(む)127号 判決

申立人 樋渡良徳

決  定

(申立人氏名略)

右申立人にかかる過料の裁判に対する準抗告申立事件につき当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

理由

本件準抗告の申立の理由は別紙(一)のとおりである。

(編注 申立理由第一点、第五点、第二点に対する判断は、前掲の登載番号一一九事件決定の申立理由第一点、第五点、第二点に対する判断と同趣旨であるから、省略する。)

申立理由第四点(事実誤認、法令違反)に対する判断

所論は要するに申立人が証言を拒否したのは正に憲法第三八条第一項、刑訴法第一四六条の権利を行使しうる場合に当り、同法第一六〇条の正当な理由がある場合に該当するものであるというので以下においてこの点を検討する。

証人が事件についての証言を、自己がその事件で(他事件の場合は一応別として)刑事訴追を受け又は有罪判決を受ける虞のあることを理由にこれを拒絶し得る合理的な限度の問題は抽象的な定義如何ではなく、問題となつている事件の性質、内容と、被尋問者の事件における立場の両面から決定さるべき具体的な問題である。特に被尋問者がその事件の共犯者的立場におかれている場合には捜査官が打ち出している共犯の態様如何を見のがすことはできない。したがつて同一事項の尋問に対しても、被尋問者がその事件の共犯者的立場にあるか否か(例えば単なる行きずりの目撃者)、検察官がその事件の実行行為担当者乃至現場における加担者のみの訴追をしているか否か(例えば共謀共同正犯者の訴追)、事件自体がそもそも計画的な事件であるのかどうか(したがつて将来共謀共同正犯の訴追という問題が生じ得るかどうか)により当該被尋問者が之に対する証言を正当に拒否し得るかどうかにつき差異の生じることは当然であるといわねばならない。要するにこの問題は検察官がその事件について、訴因、罪名を以つて張つた或は将来張るかも知れない訴追の網に被尋問者自身がひつかかる虞れがある証言かどうかという問題であるといえよう。

そこで先づ問題となつている被告人小川俊三外四名にかかる住居侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反の事件内容をみると、別紙(三)の起訴状記載の公訴事実に明らかなごとく第(一)被告人小川俊三等四名と、現場に同行した組合員数十名との共謀による知事公舎よりの不退去、第(二)被告人小川俊三等三名共謀による多衆の威力を示した脅迫、暴行、第(三)被告人小川俊三等五名と、現場に同行した組合員四、五〇名との共謀による住居侵入、第(四)被告人佐藤陞等二名共謀による建造物損壊、第(五)被告人小林俊太郎の多衆の威力を示した暴行の各行為であつて、第(二)は第(一)の、第(四)、第(五)は第(三)の各渦中において敢行されたというのである。而して申立人が右事件につき共犯者的立場におかれていることは別紙(四)の申立人に対する本件尋問事項をみれば明白である。(特に尋問事項三の6乃至9、同じく四の4乃至9は証言如何によつては申立人自身前記被告人小川俊三外四名にかかる第(一)の共謀不退去罪、第(三)の共謀住居侵入罪の犯罪構成要件そのものを充足する事実であるといえる。)

本件証言拒否の正当理由の有無について

(A)  総説(尋問事項の検討)

先づ当裁判所は前記尋問事項一、(秋田県政共斗会議結成の経緯、構成、役員及びこれ等との関連事項)二、(右共斗会議が知事に対し「昭和三六年度秋田県予算に関する要求書」を提出した経緯、その内容、県当局との交渉経緯乃至状況、共斗会議所属組合員の動員計画及びこれらとの関連事項)、のすべてにつき申立人は証言を拒否する正当な理由がないものと認める。

所論は、(イ)尋問事項一、は本件公訴事実が県政共斗会議の組合員による共犯であり、しかもその共犯の範囲が明確でない以上、申立人が右共斗会議の役員又はその構成組合員の役員であるとすれば、右尋問事項はすべて申立人の共謀推認の前提をなすもので、正に構成要件事実を推測するに至る密接な関連事項であり、(ロ)尋問事項二、は本件公訴事実がこの要求書の回答に対する不備から生起した事実と考えられるので、これも同様構成要件事実を推測するに至る密接な関連事項であるから証言拒否は正当であるというのである。しかしながら前記公訴事実に明らかなごとく検察官は右事件で訴追しているのは実行行為加担者のみであつて、所論で心配している共謀共同正犯者でないばかりでなく、そもそも右事件は何れも事前の計画(共謀)に基くものではなく、いわば合法的な集団行動から転じた又はその渦中で生じた犯罪であるから、将来共謀共同正犯者の訴追という問題が生じ得ないのであつて、このことは被尋問者である申立人自身「組織の責任者」として熟知している筈のことである。(この点で、所論の援用する福岡地方裁判所の判例は地方公務員法第三七条の争議行為等の禁止条項違反の事件に関するもので之と軌を一にすることはできない。)したがつて右の事項はすべて右事件の共謀推認の前提をなすものということはできない。(ロ)同様に尋問事項二、も又右事件の構成要件を推認するに至る密接な関連事項ということはできないから、この点についての所論は採用できない。

次に当裁判所は尋問事項三(昭和三六年二月一一日知事公舎に行つた状況)、四、(同月一二日知事公舎に行つた状況)は、その全部につき申立人は刑事訴訟法第一四六条に基き之に対する証言を拒否する正当な理由があるものと認める。

成程申立人が事件当日知事公舎に行つたかどうかということは、それだけでは特別の場合(例えば刑法第七七条第一項第三号、第一〇六条第三号等が問題となる場合)を除けば何ら犯罪を構成する虞のある事実ではない。しかしそのことと、その事実が被尋問者にとつて自己負罪の虞があるといえるかどうかということとは別である。前者は事実上の判断にすぎないが、後者は右尋問の意味、之に対し陳述をしなければならないその証言の意味の問題である。尋問事項に明らかな通り、「当日知事公舎に行つたかどうか」ということはその後の時間的経過を追つて「公舎に入つたかどうか」「退去の要求をうけたか、退去したか、何故退去しなかつたか、警官が来たか、警官に押し出されたか…」という順序で結局は被尋問者の自己負罪の事実にまで結びつく法的(この点で後述のごとき単なる道義的なそれと異る)連鎖の重要な端緒となつているのである。換言すれば、右尋問(事項)はかかる連鎖の一環としてはじめてその本来の意味付けができるといえる。(縦の連鎖)更に又たとえ尋問(事項)が第三者の行動に関する事実であつても、それが現場(知事公舎)における目撃状況である限り、前記公訴事実第一、第三が何れも現場にいた組合員数十名との共謀を訴因としている以上、必然的に被尋問者の自己負罪の事実を推認せしめる事項であることに変りはないのであつて(横の連鎖)、憲法第三八条第一項、刑訴法第一四六条の保障規定は正にこれらの尋問事項のすべてに適用されるといわねばならない。しかも記録によれば、被告人小川俊三外四名に対する起訴前の被疑事実が、二月一一日の知事公舎よりの不退去、同月一二日の同公舎への侵入の各所為を、前者は被告人小川俊三外三名による共謀、後者は同被告人外四名の共謀とされていたのを、起訴に際し前記のごとく何れも現場に同行した組合員数十名との共謀をうたい、検察官においていわば訴追の網をひろげてきたともいえる本件で、右証言の拒否を許容しないときは前記保障条項を死文化するとのそしりを免れないであろう。(もつともこの場合、しからば尋問事項二の4、についても、結局問題となつた集団行動の発端をなすものだから縦の連鎖の一環として証言の拒否は正当ではないかとの疑問も生じるかも知れないが、前記のごとく本事件が事前の計画に基くものではないから、右動員計画に参加したことは、いわば道義的な責任以上のものではなく、右にのべたごとき法的連鎖の一環をなすものとはいえないのである。)したがつて、所論は右の限度で正当である。

(B)  各説(申立人の場合)

申立人に対する証人尋問調書によれば、申立人は当初裁判官より「県政共斗会議というものはどんなものですか」と質問され「私自身共斗会議のメンバーになつており、現に私の方の組合員三人が逮捕されており、私自身被疑者になる場合もあるのでお答えできません」とのべて証言を拒否したが、尋問内容につき若干の誤解もあつたらしく裁判官から種々説諭された結果「経済要求の地方自治体の長に対する共斗団体である」旨の証言をし、以後尋問事項一、に関する右共斗会議結成の経緯、構成、役員の氏名、執行部の構成等の尋問のすべてにわたり証言しており、尋問事項二に関する要求書の提出、組合員動員計画については、自分はその会議に出席していなかつたが後で幹事より聞いたとのべ、要求書提出の経緯、県当局との回答書のやりとりにつき証言しており、要するに以上の尋問について証言を拒否した形跡が窺われない。(唯「あんた自身は自分で組合とともに直接交渉にあたつたことはないわけなんですね」との質問に対し「いつの日かはわかりませんけれども、その点はちよつと組織の責任者として微妙な関係がありますから」という理由で証言を拒否している箇所が認められるが、右の質問の趣旨はその前後の尋問内容からみて事件当日のことを包含しており、申立人もその意味で証言を拒否しているものと認められるので、尋問事項二についての証言拒否とはいえない。)申立人が尋問事項三、四についての証言の全部を自己が刑事訴追をうけるおそれがあることを理由に拒否していることが認められるが、右証言拒否は正当な理由があること前説示のとおりである。

してみれば、原裁判は申立人の証言拒否につき事実を誤認したか、或は証言拒否の正当な理由についての解釈を誤つた違法を冒したものというべく取消しを免れない。本件準抗告は理由がある。

よつて刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 渡辺才源 石橋浩二 藤巻昇)

(別紙(一))(略)

(別紙(二))

決  定

秋田市手形字向田搦田五五の二

地方公務員 樋渡良徳

四十六歳

右の者、被告人小川俊三外四名に対する住居侵入等被告事件について、昭和三十六年四月二十日当裁判所において証人として尋問を受けながら正当な理由がなく証言の一部を拒否したので刑事訴訟法第百六十条第一項により過料金四千円に処する。

昭和三十六年四月二十日

秋田地方裁判所

裁判官 浜秀和

(別紙(三))(六二二頁掲載の「別紙(三)」と同一につき、省略する。)

(別紙(四))(六二四頁所載の「別紙(四)」((ただし、そのうち「同追加分」を除く。))と同一であるから省略する。)

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